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2008-02-04 (Mon)
たとえ韓さんの気に障ること言ったとしても、嫌と言えば引き下がるし、私も韓さんの嫌なトコははっきり言うし、それでお互い譲り合って、少しの我慢もし合って理解し合えばいいじゃん。
相手のいいトコばかり見ようとしないで、また、悪いトコばかり見ようとしないでさ。

どうして電話を途中で遮るように切っちゃうかな?
どうしてメールをくれないかな?
きっと怒っているんだね。愛情がないんだね。

いつも私が韓さんを怒らせるって言うけど、何がいけないのかはっきり分からないし、私のしゃべり方が悪いって言われても、怒ってしゃべるのは嫌だし、別に猫なで声出してるつもりもないし、韓さんとどうやってしゃべればいいのかわからない。
終わりにしたほうがいいんでしょうね・・・。

韓さんは二重人格かもしれない。
急に声のトーンとか変わるし、気分もコロコロ変わるし、眠れない眠れないって言うから鬱なのかもしれない。
交通事故の後遺症で、ますますひどくなったりして・・・。

どんな人が韓さんと上手くやっていけるんだろう。


3年近く経っていても、韓ちゃんは変わっていない。結婚した今も理解不能人です。
今の私の気持ちも3年前とあまり変わってないね。
時間が止まってしまっているように過去の日記と今の心境がダブります。
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| 過去(日記) | COM(0) |
2008-01-21 (Mon)
東京で会ってからあと、電話で話したとき、韓ちゃんの態度は惨憺たるものでした。
何を急にそういうことを言い出したのか訳が分からなかったけど、私に対するかなり攻撃的なものでした。内緒で写真を撮ったことに腹をたてていたのは間違いないけど。
楽しかった3日間のことでも、私に対する不満を思いっきりぶつけてきた韓ちゃん。
何かにイライラしていた。
かなり長い時間話をしていた。
私はまだ、このときには韓ちゃんと結婚とかなんて頭の中になかった。だって、16も離れていたら無理!だって思うし、私もまだ離婚はしていなかったので、もう中国に帰って連絡もなかったら、単なる日本で知り合った中国人というだけの人になってしまうと言い聞かせていた。
彼に惹かれながらも、友達でいたいっていう思いだけだった。

わかる?キモイって、異性から言われることの意味。相手に直接言う言葉じゃないよ。すごく残酷なことだよ。悲しいよ。私は何回も言うけど友達でいられたらいいの。今回は、また流されてからだの関係を持ってしまったけど(それはそれで嬉し恥ずかしだったけど)、韓さんがしたいと言ったからしたんだし、したくなかったらしなくていいし。韓さんとはそんな関係でいいと思っている。多くを望んではダメだって思っている。
女ナシで君は居れんでしょ?まだ若いんだし。
仕事に前向きで、生き生きと話す韓さんはとてもいい顔してた。
だからお餞別も渡したんだよ。そんな韓さんを応援したくてね。
私はそんな韓さんを感じていたいの。
ォ~韓さん頑張っているじゃん、ヨシヨシって感じ。

結局、私を女として見てない、見たくないってことだよね。
東京で私が楽しいって感じていたときに、韓さんはわたしのことキモイって思っていたなんてね。来てくれて嬉しいって言ってくれた言葉でさえウソだって思えてくるよ。
私が、中国帰る前にもう一度会いたいなんて言ったから、会わなくて言いようにわざと意地悪するの?
韓さんは会いたくないの?
私のこと、女らしいって言ったのは、間違った日本語で、要は、彼女面するなってことが言いたかったんじゃないの?
写真は消さない!絶対!
だけど、友達の席は空けといてよ、これから気をつけるから。
一生の別れにつながらないケンカなら、時々はしてもいいじゃん。
相手の考え方もよく分かるし。
デモね、どんなしゃべり方も、全部私です。
楽しいとき、悲しいとき、深刻なとき、能天気なとき、体調の悪いとき、話す相手でもその都度話し方って違います。
「俺に対して女らしいしゃべり方して、お姉さんに話すようにどうして俺に話さない」って言われても、意識してそうしているわけじゃないけど、やっぱり姉と韓さんではまだそこまでいっしょにはならないよ。
ただね、私が非常に丁寧に話しているときは、まだ相手に心を許してないってのと、相手に対して怒っているときです。(要注意)
メールの文章も硬いときやくだけたときがあるでしょ?それも一緒のこと。
その時そのときの気分。
今は何を言っても誤解して怒るかもしれないけど、私は常に自分の気持ちに正直なだけ。
韓さんも自分の考えに忠実なだけ。
いいじゃん、それをお互いが受け入れれば。
それじゃダメなの?
いいたい事がイッパイだけど、これでもっと仲良くなれるかな?
さっきの電話で最後だなんって言わないでよ。



具体的にどんな会話があったのかはあまり覚えてないけど、かなり長文で思いついたまま日記に書いてある。かなり支離滅裂、順不同って感じで走り書きがしてあり、心が動揺していたんだとわかる。
これもあとから分かったけど、こういって私を怒らせることで、彼も私を忘れようとしたんだとか。ホントかな?って思いもあるけど、別れを前に、もう二度と会えないかもっていう思いが二人の中にあったのは確かです。
| 過去(日記) | COM(5) |
2008-01-21 (Mon)
この3日間のことを振り返ってみる。
最初で最後の韓ちゃんとのお泊り。私にとっては、小旅行。
新宿駅で私を見つけてくれた韓ちゃは、すぐさま私のバッグを手にとって、
「来てくれてありがとう」って顔を赤らめて言った。
「ホテルはどっち?」と私が歩くのを促して、
荷物もかなり重かったから、「私が持つから」って言っても、「いいから~これは俺に任せて」って。
中国ではどうだか知らないが、韓国ではこれは当たり前のことで、特に恐縮することではない。が、いかんせん、慣れてないので、大変申し訳なく感じてしまった。

かばんの中には、韓ちゃんから頼まれてコピーしたシンスンフンのCDが10枚ほど。
歌詞のコピー。韓国語を日本語に翻訳したもの。(辞書を片手に頑張った)
着替え。
名古屋での用事の資料。
・・・結構な重さだった。

ホテルに着いて、部屋で、ルームサービスを頼んだ。
カレーはおいしかったけど、部屋中がカレーのにおいに包まれて・・・。

夜遅くまでたくさん話をした。
持っていったシンスンフンの翻訳があっているかどうか、時々韓ちゃんが歌を口ずさみながら説明をしてくれて、話は映画、歌、そして中国に帰ってからどうするのか・・・イッパイ話した。

その頃の私は、韓ちゃんのことは抜きにして、すごく韓国に対して興味があって、韓国旅行も何度も行ってて韓国語の勉強もがんばってやっていた。といっても独学だからなかなか上達はしなかったんだけど。韓ちゃんと知り合って、韓ちゃんが朝鮮族だと知って、韓国のこと話すことが心が弾んでますます、韓ちゃんに惹かれていったとも言えます。


部屋は韓ちゃんが希望したツインを取ってあった。
誰かと一緒に寝るのは、彼にとっては最大の苦痛だと聞いていたし。
眠りがすごく浅く、ちょっとした音にも反応して眠れないらしい。
このときは、ただ神経質なんだって思っていた。
オーバースティの暮らしをしていたから、常に何かに脅えていたのかもしれないと考えついたのはあとになってからのこと。

翌日は、新宿・渋谷等、私が行きたいところに付き合ってくれて、映画も見に行ったし、寿司も食べた。大久保のコリアンタウンも思う存分楽しんだ。

途中、「チョット電話をかけてくる」と言って、長い時間私から離れていたことがあった。
これもあとから知ったんだけど、当時結婚していた奥さんからの連絡で、離婚手続きの打ち合わせだったようだ。朝鮮語で話す相手との電話は、私の前でしていたので、日本人が相手だとは思っていたけど、まだこのときは韓ちゃんが既婚者だったなんて知らなかった。考えもしなかった。

ただプラプラ歩いて歩きながらも、またたわいのない話をして、一日があっという間に過ぎていった。

いよいよ帰る電車の時刻が迫ってきたと言うのに、韓ちゃんは「歩いていこう」と、道も分からないのにどんどん歩いていく。
私は、バス停の名前を確認しながら「ねえ、ここまっすぐで合ってるかな?駅に間に合わなかったらどうしよう」なんていいながら不安顔でついていった。ずいぶん歩いて、急に韓ちゃんが「戻りましょう」と言い出した。チョット怖い顔をしていた。わけがわからなかった。
あとから聞いた話では、このとき、二人でどこかに逃げたい衝動でついあんなことしたらしい。
このまま、私と別れて中国に帰るのが嫌で、そしてそんなことはできないことわかっていて、それでももっと私といたくて・・・。電車の時間に間に合わなければいいと思っていたらしい。
これが彼の本心だったのか、それともただの私へのリップサービスだったのかは分からないけど、あとから聞いたときに、単純に嬉しかった。

韓ちゃんとの付き合いで、やはり一番の思い出の3日間。
このとき、???だったことがそれから二人の時間がまた流れるようになってから、状況・背景が、理解不能が解明されて、彼のくせも分かり、だんだん韓ちゃんの考え方もわかってきた。
それでも、今も少しはわかったとはいえ、まだまだ分からないことのほうが多いけど・・・。
付き合いはじめのころは、まだ、韓ちゃんはほんとの自分を私に見せてはいなかったんだなって今ならわかる。

こうして3年前を思い出して書いていても、韓ちゃんのキラキラ輝いていたあの顔を瞬時に思い出すことができる。あの顔を忘れることができない。

今は、そのキラキラは彼の顔から消えている。
それが辛い。キラキラを失ったのが、安易に私と結婚することで日本にいられるビザを得られる道を選んだからだと思うと、彼が望むことをそのまま受け入れてしまってもいいのかどうか、また私のグルグルが始まってしまう。





| 過去(日記) | COM(4) |
2008-01-21 (Mon)
最後jにいじめられてチョイ落ち込んだけど、韓さんの優しさだと思うことにします。
中国帰るのが16日以降になるならもう一回逢いましょうね。
私は純情だと自分でも思う。計算とかあまりしない女です。
外見とは裏腹に中身はかわいいオバサンだと思う。
内緒で韓さんの写真を撮っちゃった。
ごめんね。
でも、ピントがイマイチ・・・。
大切な宝物。
これからは携帯を使うときいつでも逢える。


韓ちゃんとの楽しいひと時が終わっていよいよお別れのとき、「帰りたくないな~」って言ったら、途端、怒り出した韓ちゃん。
「19の小娘じゃないんだから、どうしてそういうこと言うの?この3日しかhamは時間が取れなかったんでしょ?明日は用事があるって言ったのにそれを変えるの?もっと大人になってね。何もかも俺に合わせる必要はないんだからさ」
怒って、私が改札入ってから新幹線の切符がない彼はそこの改札を通れないことが分かって「じゃあね」って、帰ろうとしました。
私が悲しそうな顔をしてたけど、無視して歩き出した韓ちゃん。
別れが辛いのかな?私が幼稚だから本気で怒ってしまったのかな?って思って、さてこれからどうするか・・・って思っていたら、韓ちゃんから電話。
「他の改札から入るから、どこで合流できるか、駅員さんに聞いて」
電話をつないだまま、駅員さんに聞いてホントはそこから入れないんだけど特別入れてもらって韓ちゃんとの再会。
お互いに顔を見つめながら、言葉が上手く出ない。韓ちゃんの目も真っ赤になっていた。握手をした。握った手を韓ちゃんは引き寄せ、お互い抱き合いはしないけど肩に顔をうずめながら、また逢おうねって。人目がなければ思いっきりハグしていただろう。

韓ちゃんの最後の意地悪でした。韓ちゃんと日本で逢った最後がこういう形だったから、余計に私にとっても韓ちゃんにとっても忘れることができないものになったんだと思います。

| 過去(日記) | COM(0) |
2007-11-22 (Thu)
マッサージルームは悲しみに満ちていました。
「あんなにみんなに惜しまれて辞めていった人いない」とみんな言ってましたよ。
韓さんみんなから愛されていたんですね。 
私だけじゃなくみんな感染症にかかっていたんですね。
明日から新しく中国の人が入るようです。
韓さんみたいにいい人だといいんですが・・・。

ところでまだ写メール届かないよ~


みんなの目が真っ赤で、遅くまで飲み会をやってそのまま仕事に突入したらしい。
私が店に入っていったら韓ちゃんがいないことをどう告げようかと「あの~・・・」と口ごもってた。
私は韓ちゃんから聞いてもういないこと知っていますからと話して、マッサージではなくアロマを依頼した。
韓ちゃんの話をしながら涙をこらえることが何度もあった。
「韓ちゃんって結構頑固モンだったよね」「そうそう」
話してるお店の女の子も泣いているようだった。

あとになって俺は日本ではいい人に思われたくって結構自分の気持ち殺しておとなしくしてたからさ~なんて韓ちゃん言ってたけど、みんなちゃんとあなたが猫かぶっていたこと分かっていましたよ。
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